羊と羊毛について
羊の本
2018年5月に、羊と羊毛の教科書とも言える素晴らしい奇跡のような本『羊の本』がスピナッツ出版より刊行されました。
羊毛(ウール)は、私たちの暮らしの中のとても身近なところにあるのに、案外知らなかった優れた特徴がたくさんあるようです。
ほんの少しだけですが、『羊の本』から羊と羊毛についての解説を引用させていただきます。
参考文献:編著・本出ますみ 『羊の本ALL ABOUT SHEEP AND WOOL』 スピナッツ出版 2018年
羊毛とは
羊毛・ウール(Wool)は羊から刈り取った動物性の繊維です。羊を毛刈りすると、まるで一枚のコートのように羊毛を広げることができます。これをフリース(Fleece)といいます。フリースとは元々、毛刈りしたての一繋がりの羊毛を指す言葉です。
羊毛は動物性繊維
羊毛は爪や皮と同じタンパク質からできていて、ケラチンといわれる19種類のアミノ酸と、1種のイミノ酸が組み合わさっています。自然に存在するアミノ酸は約20種のため、ケラチンにはそのほとんどが含まれています。
羊毛繊維の表皮部分はスケールといわれる鱗状のものが、根元から毛先に向かって重なり合っていて、空気中の湿気・酸・アルカリに反応し開閉します。これが「羊毛は呼吸する」といわれる理由です。
スケールは、表面がエピキューティクルという薄い膜で覆われており、水を弾く性質をもっています。反対に内側のエンドキューティクルやエソキューティクルは親水性の膜で、細かい孔を通過した湿気を羊毛繊維の芯に伝えます。そのため羊毛は、水を弾くが湿気を吸う、という矛盾した特徴を持っているのです。
吸湿性
羊毛は気温20℃・湿度65%のときに17%の湿気を吸います。羊毛の吸湿性は、綿7%、ナイロン4.5%、ポリエステル0.8%という中でずば抜けているといえます。それが、雨を弾いても、体温を保ち、汗を吸うため肌にはサラサラして、汗冷えしない理由です。
また、羊毛はマイナス60℃でも凍りません。そのため、極寒地で暮らす人、そして登山やスポーツをする人にとってウールの衣服は欠かせないものといえるでしょう。
フェルト化・縮絨性(しゅくじゅうせい)
スケールは湿度や酸・アルカリにより開閉します。湿気によりスケールが開いたときに摩擦すると、スケール同士が絡み合いフェルト化します。例えば、羊毛のセーターを洗濯機で洗うと固く縮んだりするのは、このフェルト化によって起こります。フェルト化は羊毛の欠点ともいわれますが、この特徴を利用するからこそ、毛織物は織り上げた後、フェルト化(縮絨)させれば、糸がほつれにくく丈夫なものにすることができるのです。遊牧民のゲル(ユルト)といわれる家も、そこで使われる敷物も、フェルト化させて作られています。
しかし洗濯で縮んでは困る衣料品には、フェルト化しないよう防縮加工されるものもあります。例えば、スケールを塩素で除去したり、樹脂加工することによって、繊維の表面を滑らかにして、フェルト化を防ぎます。
難燃性
また羊毛は難燃性にも優れています。羊毛は発火点が570~600℃と繊維の中で最も高く、加えて燃焼熱が4.9cal/gと低いため、燃焼した場合でも、溶融せず炭化し、皮膚を火傷から守ってくれるため、消防士の制服や、飛行機のシートやカーペットなどにも羊毛が使われています。
染色性
羊毛は染色性が良いことでも秀でています。染色性の良し悪しは、染料とアミノ酸が良く合うかどうか、そして酸性と塩基性が関わって決まるのですが、羊毛のアミノ酸は、酸性・中性・塩基性とそれぞれの性質に分かれており、19種のアミノ酸から成り立っているため、広範囲の染料と結合することができるのです。
そして近年知られるようになった特徴として、羊毛には呼吸する繊維としてホルムアルデヒドなどを分解する「消臭機能」があります。
長所と短所
羊毛は人間の肌の組成にとても近く、人間を守ってくれる繊維です。
動物性の繊維であるクリンプやスケールのある羊毛の利点は、吸湿性が良く(汚れや水滴は弾くが蒸発した汗は吸う)、弾力性に富み、空気を含み温かく、空気を浄化し、燃えにくく、染めやすく、色落ちしにくく、紡ぎやすく、復元性があるためシワができにくく、型くずれしにくく、何より毎年毛刈りすることによって収穫し続けられる持続可能な繊維である点です。また、羊毛で作られた古着・セーターをリサイクルして、「反毛」という紡績原料に再生するシステムが、日本では1960年代から稼働しています。現在では愛知県一宮が主な産地です。
欠点としては、虫に食われ、アルカリに弱く、フェルト化(洗濯機で洗うと縮む)する点です。しかし、虫に食われる繊維だからこそ、土中の微生物によって分解できるため、推肥にしたり土壌改良にも使えます。つまり、羊毛は再生できるエコロジーな繊維なのです。
「フェルト」と「ニードルパンチ」
羊毛に関わる用語は外来語をそのまま使う場合も多く、日本語に置き換えるのが難しいものもあります。「フェルト」と「ニードルパンチ」もその一つ。とりわけ手芸のニードルパンチは1990年代以降に普及した技法のため、多様な言葉が使われています。「フェルト」は、羊毛が水で縮絨する特徴を利用して作ったものです。「ニードルパンチ」はニードル針を使い、繊維を刺して絡ませる技法です。